2009年2月12日

「差別」と「区別」、「公平」と「平等」

zd090212.jpg

なにこのニュース?

≫鳥取の小学校は「学級委員長」なし 「なれない子供が傷つくから」?

いやもーホント今の日本の公立小学校の教育の教育ってどーなってんのかね。

「委員長になれなかった子供が傷つく」だぁ? 
「自分にはできないと劣等感が生まれる」だぁ? 

本来ガキんちょは逞しいんだから、そんなことで傷つかんし、劣等感も生まれんよ。 仮にそうであったとしてもそんな傷や劣等感を自分で乗り越えれんようじゃ、社会に出たときに死んでまうぞ!

無菌温室(学校)と違って現実社会には、熊だの蛇だの、ワニにサメ、毒キノコにばい菌なんかがうじゃうじゃおるし、暑いの寒いの地震だ雷だ火事だ台風だとおお騒ぎなんだから。

生徒がみんな学校の先生になるのなら問題ないのかもしれんけど、大部分は遅くとも20代前半には社会に出て生きていかんといかんのだから、学校では社会の出たときの困らないような教育をせんといかんだろ?

それとも何か、学校の先生ちゅーのは小学校入学以来一度も学校から外へ出たことのないから、社会性や自立心、協調性や忍耐力を育てることは出来んのか? (もしかして今の教育現場って、プールでゴムボートしか乗ったことないような奴らが、遠洋漁業に出る漁師を育ててるような感じなのか・・?)

差別、差別ってわめいてなんでもかんでも結果平等にしたら、能力のある子供や努力した子供を潰すことになり、それこそ差別じゃないんか?

「男女混合名簿」「男女同室着替え」「男女混合騎馬戦」「男女混合組体操」等々・・・相変わらず「差別」と「区別」をゴッチャにしとるヤツらも多いなー。

まずは、「差別」と「区別」、「公平」と「平等」の違いを理解せんといかん。 そもそも「完全に平等な社会」って有り得んし、あとえあってもそこじゃあ人は幸せにはなれんと思うぞ。大事なのは「機会の平等」であって、個人の能力や意欲を否定するような平等は公平さを損なうだけで百害あって一利なしだべ?

リーダーがおらんチームは動きようがないし、みんなが同時にゴールする徒競走なんて気持ち悪いよ。そのうち点差が出ると劣等感が生まれるって、「みんなが100点とれるテスト」とかでてきそうで怖いな。もしそーなったら、同じ先生業で給与額が違うのは差別だろうから、校長から新卒の先生の給料を一律20万円にしてみるって言ったら先生方どーするかな?(笑)

以上、独り言でした。

追記:記事には「愛媛県は半数の小学校に「委員長」がいない」ってあるけど、オレの通ったところはちゃんとあったよ。もちろん本気の100m走とマラソン大会と釣り大会もあったし、悪いことしたら鉄拳制裁も。あと当然のごとく国旗掲揚も君が代斉唱もね。 僻地だっただからか、日教組や人権団体とやらの影響もなくすこぶるのどかな零囲気だったなー。

コメント[3]

私もこのニュースにめっちゃ驚きました。
同感!!!

鉄拳制裁をくわえたのは私の母よね~(^^)/~~~
子育て13年の私は、学校も先生もそうだけど、親達にも責任あるような気がするな~。
モンスターペアレンツと呼ばれる親たちに対応できない学校側の弱みもあるんだろうな。。。
あたし達の頃や、あたし達が育った環境に今は心から感謝してる。
人間の真ん中にある芯はブレずにいたいよね。良門のブログを読みながら私いつもそう思ってるよ♪

傷ついたり劣等感が生まれとんのは、あるがままの子供を受け入れられない親のほうじゃねえんかな? 子供は大人を見て育つんだから親がしっかりせんとイカンのだが今は親が大人になり切れてないからなぁ。