2010年4月22日

Column - YOKOHAMA

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(Book作品を載せたついでに、他の作品@県民ホールギャラリーも載せとこう。)

この柱に使ったレンガは、神奈川県芸術劇場(横浜市山下町・県民ホールの近く)建設地より出土した明治・大正期のもので、かながわ考古学財団から特別に提供してもらったもの。つまり、関東大震災で倒壊した建物の一部。



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日本到着の翌日に考古学財団に取りに行く。予想以上に欠けてたり割れてたりしてるのがあるので、上手く合わせながら使う(これで最後に数が足りなくなって大変だったぁ)ことにする。



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展示空間のちょうど真ん中にて柱建立開始。
目地職人さんが手伝ってくれることになってたんだが、オレが時差ボケのせいで使ものにならんので、レンガ積みは職人さん任せオレは現場監督に。 プロの目地職人さんなので全部任せると目地(レンガとレンガの間のセメント部分)をキレイに整え過ぎるから、とにかく豪快に粗っぽく、でも垂直にレンガを積んで欲しいとお願いする。



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レンガ柱にもガラスを入れる。
このガラスブロックの位置は、Book作品(画像左端)を置いてる棚の高さと同じに。



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水平・垂直をチェックしながら積み上げる。
イメージとして、「金曜日の午後、早く仕事を終わらせて一杯飲りたいイタリア人のレンガ職人がやった感じで」との指示をだす。



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元々そこにある柱のようにしたいので、柱と天井の接地面は仕上げは重要。極力隙間ができないように最後の一段は少しずつ削って合わせる。



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で、通常ならここで柱作業完了なんだけど、この展示スペースの天井が鉄製の網目状なので(配管とか通気口が見える)、柱を見上げると天井の所で途切れてしまいヒジョーに面白くない。

本当は網目状の天井をぶち抜いて柱を延ばしたかったんだけど、県民ホールの方から許可が出なかったので、それならばと天井全面に発泡スチロールの板を貼ることにする。

面積約180平方メートルあるので貼り付け作業は相当大変だったけど(手伝って頂いた皆さん、ほんとありがとう!)、天井が白くなったことで柱も引き立ったし、展示空間の質もシャープな感じに変えられた。

天井加工は、発泡スチロールを貼ったことを観客に気付かれないレベルを目指してやって、ほんとに誰も気が付かなかったから成功だな。ただ、今回の設置作業で一番大変だったし費用も結構かかった所なんでちょっと複雑な気分ではあるが。



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最後に照明の調整。スポットライトがたくさんあったんだが、スポットは嫌いなんで全部はずして蛍光灯だけに。備え付けの蛍光灯だけだと少し暗いので壁際に6本追加して完了。

2010年4月21日

書物は世界そのもの

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かつて古代中世の世界に文字が普及し、その文字によって書物をつくることがはじまったとき、文字は呪能そのものであり、書物は世界そのものだった。

(知の編集工学/松岡正剛 著)



備忘録 : Book作品 @ 「日常/場違い」展
基本的に戦争と宗教に関する古書で、ドイツやフランスにて入手。

左から
・キリスト教徒のための祈りの文集
・武器よさらば(ヘミングウェイ)
・誰がために鐘は鳴る(ヘミングウェイ)
・史上最大の作戦(コーネリアス・ライアン)
・世界大戦と帝国主義
・共産党宣言(マルクス、エンゲルス)
・戦争論(クラウゼヴィッツ)
・パリ陥落(エレンブールグ)
・西部戦線異状なし(レマルク)
・戦争と平和(トルストイ)
・夜と霧(ヴィクトール・フランクル)
・信仰とイスラム世界
・旧約聖書
・アンネの日記
・資本論(マルクス)

2009年11月 9日

ベルリンの壁

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今日11月9日は、ベルリンの壁が崩壊(1989年11月9日)してからちょうど20年目。

この20年間でずいぶん時代が変わったとは思うけど、壁崩壊によって東西冷戦が終了して世界が平和になるのかと思いきや、戦争、紛争、内戦、テロなどが無くなる気配は今んとこ全然ないなぁ。



(画像:2007年に作ったベルリンの壁を使った作品)


備忘録:Markus Lupertz 「A Retrospective. Paintings and Sculptures from 1963 to 2009」
Kunst- und Ausstellungshalle der Bundesrepublik Deutschland,Bonn

Isa Genzken 「Sesam, offne dich!」
Museum Ludwig, Koeln

2009年8月15日

記憶

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お世辞にも記憶力がいいとは言えないオレだけど、以前見たことのある風景とか音とか言葉とかから突如、忘れていた記憶が芋ずる式に次々と頭に浮かぶことがままある。

まぁ、昔聴いた音楽とか食べたモノの味とかで昔の記憶がよみがえるちゅーことって誰にでもよくあるよな。(例えばオレだと、尾崎豊を聴くと高校時代を思い出すとか。)

これって、人間の心や身体には経験したことを蓄積する能力があって、何かのきっかけでそれらが呼び起こされるってことだと思う。

画像はベルリンの壁の破片で作った作品なんだけど、コレを見たドイツ人はいろんな記憶なり経験なり感情がよみがえってくるみたい。このペンキが付着してるコンクリートの破片には、第二次世界大戦後のベルリンのエネルギーが蓄積されてて、それにドイツ人の心が反応するんだろうね。

オレは日本人なんで、もちろんドイツ人ほど複雑でシリアス(?)な感情は起きないけれど、これを作品化する過程で、その蓄積されたエネルギーが視覚・触覚を伝わって自分に流れ込んでくるのを感じるし、それによってベルリンという街(の歴史)がぐっとリアリティのあるものになるんだわ。

自分が生きてる現代社会を現実感をもって捉えたいと願うオレには、その場所場所の素材から得られるエネルギーをこれからも吸収しつつ制作したいと思う。




追記:今日8月15日は「終戦の日」。戦歿者を追悼し平和を祈りませう。そして、あの戦争が日本にとって、また世界にとって、どんな意味があったのかを考えませう。

2009年7月22日

自分のことを人間だなんて思っちゃいけない

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石+ガラスの作品は、もお10年以上やってるにもかかわらず今だに失敗するんだよなぁ。

ガラス部分を削るときにグラインダーの歯を当てる強さとか角度に微妙なコツがあるんで、ちゃんとマテリアルと相談しつつやらんと、たいがい上の画像みたく石との接着部分が割れる。

こーなるともお修正不可能なんで、ガラスを全部削り取って最初からやり直し。

気持ちと両手と素材が通じ合ってないからこうなるんだよ。

焦らず騒がず気持ちを集中して仕事せんと。




今日の言葉:
「人間だから失敗することもありますよ。」などということは、他の人がいってくれるのならいいけれど、自分で言うことではありませんよ。 そういうことを言う人に限ってミスを犯すんです。

基本的にプロというのは、ミスをしてはいけないんですよ。

プロは自分のことを、人間だなんて思っちゃいけないんです。

百回やっても、千回やっても絶対俺はちゃんとできる、という強い気持ちを持って臨んで初めてプロと言えるんです。 王貞治




おまけ:視覚のトリックアートはあんま好きじゃないけど、この人の作品は場所の選定や空間の扱い方、色彩や規模など、けっこう面白いと思うな。

フェリチェ・ヴァリーニ
http://www.varini.org/02indc/indgen.html

ジョルジュ・ルース
http://www.georgesrousse.com/

2009年1月23日

聖書

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人類史上、最も多く印刷され、最も多く売れた本は、「聖書」で、二千四百(!)もの言語に翻訳されてるんだとさ。

オレは読んだこと無いけど、それほどに人が読んだ or 読んでるってことは、やっぱ何かしらあるんだろうねこの本には。

現代社会においても宗教ってすごく重要だな。 ドイツに住んでるとホントそう思うね。良くも悪くもだけど・・・


備考:15世紀にドイツのグーテンベルクが活版印刷技術を用いて印刷したのが世界初の印刷聖書「グーテンベルク聖書

2009年1月13日

クズ収集

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多くのアーチィストがやってるだろう「スクラップブック作り」、オレもやっとる。

ドイツにきてから大小合わせると20冊ぐらいになるから、だいたい年2冊のペースかな。

中身はちゅーと、新聞・雑誌の切り抜きや、チラシとかメモった紙切れとか、読んだ本で気になった文章とかも走り書きとか。

まー興味のあること、芸術・歴史・政治・経済・戦争・旅行・宇宙・宗教・哲学・建築・人間・ファッション・動物等々で、真面目なことも、ふざけたことも、面白いことも、くだらんことも、共感できることも、腹が立つことも、良くも悪くも引っかかったことを貼り付けてるだけだけどね。

んで、今までは文類分けもせずに時系列もメチャクチャで作ってたんだけど、今年は意識して1冊を作るよ。

台紙となるスクラップブックは、ルネッサンスから現代までの彫刻史の画集(写真上)で、中身は写真などのビジュアルイメージのみで埋めるつもり。

今までのスクラップブックの中で一番でかい(34x24x6cm)くて、ページ数も612と多いけど、12月末には全部埋まっとるでしょう。 そしたらオレだけの「イメージ・アーカイブ 2009」の完成だね。

この「クズ収集」をあなどっちゃいけませぬ。ちょっとした雑誌の切り抜きから制作のインスピレーションが得られるかもしれんし、思いもしないような考え方・モノの見方を発見できるかもしれん。それに少なくともオレにとってドローイングのネタ帳(笑)にはなるしね。

彫刻史の画集にはもちろん彫刻写真がたくさん載ってるんで、貼り付け作業中に嫌でもそれらを何度も見ることになり、歴代の傑作・名作を眼で暗記できるのも良いな。

これを一冊完成させるまでに、かなりの量の紙媒体やウェブサイト(まだ使ってないけどコレいいかも)を見ることになるんで、眼を鍛えるためのトレーニングとしても悪くないと思う。

美術に限らず、音楽でも建築でも、もしかしたら文学や宗教・哲学でさえも、新しいと言われるもの95%は過去の遺産の影響下にあると思うし、何が本当に新しくて、何がパクり(影響or引用)なのか見抜くために、いろんなモノを見て眼を鍛えるしかないしな。頭では忘れても、眼は一度見たモノを憶えてるから。

スクラップブックは人に見せるためのものではないし、1冊完成させたところで作品の新しいアイデアは浮かばんかもしれんけど、ある金鉱山では、1トロイオンス(約31グラム)の金を抽出するのに、250トン以上もの鉱石を必要とするらしいし、やるしかあるまいっ!

2009年1月 8日

制作メモ

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可能な限り自分を成長させるため
己を知るため

見えないものを想像するため
美しいものを作るため

現実をとらえるため
人生を生き抜くため

自分自身と戦うため
攻撃や孤独から自らを守るため

思考を深めるため
選択して決断するため

自分の道を一歩一歩前するため

2008年9月13日

ゲルニカ

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彫刻家なんで、たまには彫刻作品を載っけよう。

これはナチスドイツによって空爆を受けたスペインの都市:ゲルニカの石で作った作品。

目には見えないその場所の歴史を想像するための作品。

2008年9月 6日

彫るべし・刻むべし・作るべし

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日々の制作や経験をノミにして、自分を彫るべし。

ノミで一彫り一彫り、魂込めて刻むべし。

この毎日の小さな繰り返しで、鑑賞に堪えうる自分を作るべし。

2008年8月 5日

歴史的要素

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まずは視覚的に美しいものを。

そしてその下に歴史的要素を埋め込んだ彫刻を作りたいね。

2008年6月 4日

House of 3 stories

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これは、大理石とガラスで作った、3階建ての家の模型。

今やってる個展に出す予定だったんだが、イマイチ他の作品とのバランスが悪いんで出すのやめたもの。

いつの日か、こんな2階部分が全面ガラス張りの家を作るつもり。



おまけ: 
アニッシュ・カプーア展@ボストンの写真
http://www.nytimes.com/slideshow/2008/05/29/arts/0530-KAPO_index.html

ニューヨークタイムスの記事 (英語)
http://www.nytimes.com/2008/05/30/arts/design/30kapo.html?_r=1&oref=slogin

2008年4月24日

備忘録 - 彫刻家の苦悩

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11月21日:
「困難はいよいよ大きくなり、ぎりぎりの限界まで来ていた。 そしてついにカタストローフが来た。

「いつものように午後2時頃から始めて『難しい』『少しも 進まない』『まるで無理矢理石を食べさせられているようだ』 『もうどうしたらいいか分からない。』こういった悲観的な 言葉をはきながら描いていたが、『糞!糞!』と叫んで、 画布に向かって伸ばしていた手をハッと引っ込めてしまった。

『糞!』彼は歯を食いしばり、凄まじい形相でぼくを見つめ、 まっすぐにのばした腕で絵筆を画布に触れようとする。絵筆の 先がまさに画布に触れようとする瞬間、電気に打たれたかの ように絵筆は引っ込められた。

『駄目だ、私には画布に触れる勇気がない」と彼は呻いた。 始めぼくは、彼がわざとそうしているのだろうと思った。 が、そうではなかったのだ。『畜生!』と彼は足で床を 蹴り、あらためて腕を延ばして絵筆を画布に近づける。

が、またしてもはじきかえされるように腕は引っ込められた。 そう言うことが三度も四度も繰り返された。『駄目だ』と彼は 苦しそうな声を出した。そして絵を描くのを中断し、腰掛けた ままうなだれ、手で頭を抱え込み、長い間下を向いたままじっ としていた。

こんなことはこれまで一度もなかったことである。これまでも 彼はあらゆる悲観的な言葉をたえず発し、『駄目だ』『難しい』 『苦しい』と言い続けて来た。言い続けながら、彼は休みなく 絵筆を動かし続けて来たのだ。

何日も何時間も、ぼくがポーズをしている限り、彼は描く手を 一分と休めたことはなかった。その彼が五分たっても十分たっ てもうなだれたまま顔を上げない。

ぼくは不安になって、『アルベルト、どうしたのですか。』 と声をかけたが、彼は動かなかった。ぼくは座を立ってかれに 近づいた。と、驚いたことに彼は泣いているのだった。

彼は唇をかみ、手で眼を押さえていた。『アルベルト、どう したのですか』とぼくはくりかえして言い、肩に手をかけたが、 それが合図になったかのように彼は忍び泣きの声を上げて泣き 出した。

『アルベルト』とぼくは呼んだが、それに続けてなんと言えば よいのか、言葉が出なかった。

 世界的に名声を馳せ、どの第一級の美術館も非常な高値で その作品を欲しがっている大芸術家、古い世代も新しい世代も 抽象派の作家も具象派の作家も、批評家も詩人も哲学者も、 多くの人がこぞって称賛と尊敬をおしまない働き盛りの五十五歳 の彫刻家兼画家、しかもおよそセンチメンタルな要素のない、男の中の男ともいうべき剛毅の人。

そのジャコメッティが制作に苦しんで人知れず泣いている などと想像できるだろうか。だが彼はぼくの前で泣いていた。」

(「ジャコメッティと矢内原--危機と打開」ヴァレリー・フレッチャー)

2008年4月12日

ギリシャの海石

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真面目に考えよ。

誠実に言葉にしろ。

そして真剣に作れ。