wichtig

それが他人にとって必要かどうかということはさして重要ではない。それは自分にとって必要なのだということが重要なのだ。
四国の漁村から這い上がり、東京で大学時代を過ごし、ドイツへ高飛びした彫刻野郎の ドローイング+備忘録
2010年6月10日

それが他人にとって必要かどうかということはさして重要ではない。それは自分にとって必要なのだということが重要なのだ。
2010年5月10日

馬は生まれる。 だが人間は生まれない。 つくら(bilden)れるのだ。
独り言: 鳩山政権がこんな状態なのに・・・国民の生活が第一とか言いながら・・・今、この人なのか・・・
≫小沢氏「百万、千万の味方を得たような気持ち」
2010年4月11日

外は広く、内は深い
2009年6月 7日

むずかしいことをやさしく
やさしいことをふかく
ふかいことをおもしろく
おもしろいことをまじめに
まじめなことをゆかいに
2009年2月27日

良い悪い派別にして、派遣社員のみならず正社員でさえいつなんどきリストラされるか分からん時代になっとるんで、今後は全ての人が自営業者のつもりで仕事せんとといかんのじゃないかね?
でもまー自分の問題を、国や社会、政治や時代のせいにしとるヤツらが多いからな~。
自分が置かれとる現実の中で最も厳しい事実を直視する姿勢のないヤツはまずフリーランサーにはなれんしなぁ。
国を支えて国を頼らず by 福沢諭吉
2009年1月29日

孔子でさえこのペースなんだから、焦らず騒がずじっくり道を歩むべし。
子曰く、
吾れ十有五にして学に志ざす。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。
孔子が云う、
「私は十五才で(学問の道に入ろうと)決めた。
三十才で(学問に対する自分なりの基礎)を確立した。
四十才で戸惑うことがなくなった。
五十才で天命を悟った。
六十で何を聞いても動じなくなった。
七十になってからは、心のおもむくままに行動しても、道理に違うことがなくなった」と。
2008年8月18日

昔の和歌に、
「手を打てば 鳥は飛び立つ鯉は寄る 女中茶を持つ猿沢の池」
ってのがあるんだが、よーはこれは、池のそばで手を打つとだな、鳥は驚いて逃げ、鯉はエサをもらえるかと思って寄って来て、女中さんは催促されたかと思ってお茶を持ってもくるってことだわな。
つまり、同じ行為でも受け手によって意味が全然違ってくるってこと。
たしかに、同じ出来事や物事を見聞きしても、全く違った解釈をする人がいてホント驚かされることあるもんなぁ。

